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連続ブログ小説コーナー「猫と二人の夜」第二話

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「猫と二人の夜」第二話

 

 和樹は猫を出さないように気を使いながらベランダに出ると、ズボンのポケットから潰れかかったタバコを取り出し、街並みを見下ろしながら火をつけた。

 

 向かいのビルは一階がコンビニになっていて、ジングルベルの音楽をバックにブカブカのサンタクロースの衣装を着た売り子がチキンを売っている。なるほど、ここが音源か。

 

 煙とともに冷たい空気が体に染み渡ってゆく。タバコは猫に悪いからやめろと香織に散々注意されているが、今だにやめられない。吐き出す煙が冷気と混じって消えていく。眼下の通りを酔っ払いがガハハと笑いながら肩を組んで歩いて行った。

 

 タバコを吸いながら佇んでいると、インタフォーンが鳴った。慌てて室内に入る「すいませーんガスの開通に来ました」と、モニター画面には人当たりの良さそうな中太りのおじさんが写っていた。

 

 足の骨を折った和樹は、そのまま入院することになった。足を固定したギプスには会社の同僚や学生時代の友人たちからの寄せ書きが「頑張れ」だの「間抜け」だの好き勝手書いてある。

 

 入院中は、禁煙パイポを咥えてみたり、友人から贈られた「人生を変える力」というタイトルの退屈な自己啓発書を亀のようにゆっくり読んだりして過ごした。結局その本で人生は変わらなかったが、骨折したことで結果的に和樹の人生は変わったのだった。

 

 退院した和樹は松葉杖をつきながら香織の家を尋ねた。入院中は世話ができないだろうと、香織が猫の世話を申し出てくれたのだ。すぐ帰るつもりがそのまま家に上げられ、香織の両親と一緒にお茶を飲むことになった。

 

 香織の家は郊外の閑静な住宅街にあり、小ぶりな家だが調度品はどれも質が良さそうで、初夏の日差しが差し込む空調の効いた快適な室内で、モフモフした長毛の猫と一緒に和樹の三毛猫は我が物顔で、ソファーで眠っていた。こうして二人の関係は始まったのだった。

 

 香織はインテリアショップで購入した照明器具とカーテンを軽ワゴンに積み込み、ドアを閉めた。腕時計をみると19時を回っている。もう日も暮れて真っ暗だ。早く帰らないと和樹のぼやきが増える。運転席に乗り込むとスマホが鳴った。和樹からだ。

 

「ごめん、今車に乗ったとこ、30分くらいで戻るから」香織はシートベルトを付け、エンジンをかける。

 

「…逃げちゃった」和樹のくぐもった声が聞こえた。

 

「え?何が?」和樹の電話でボソボソ話すくせ、本当にやめて欲しい。

 

「猫、猫が逃げちゃった」まるで何事もなかったかのように抑揚のない喋り方、困った時の和樹の癖だ。一大事なはずなのにその声を聞いているとなんでもないことのように思えてくるから不思議だ。

 

 もともと和樹はオスの三毛猫を飼っていた。新入社員の頃、営業回りの途中で拾ったそうだ。目やにが酷くてやせ細っていた子猫を和樹は大切に育てた。猫の成長と共に和樹も仕事を覚えて行った、和樹にとって猫は大切な家族だった。そして香織と出会ったのだ。

 

 でも一年前、肝臓を悪くして、おしっこがうまく出せなくなり、体に毒が回って三毛猫は死んでしまった。その後和樹はふさぎがちになり、結局10年続けた仕事も辞めてしまった。

 

 猫が亡くなったせいなのか、仕事が嫌になったのか、理由は香織には分からない、多分和樹もよく分かってないのだろう。ただ、香織は和樹と一緒に暮らしたかったし、環境が変わればまた気分もよくなるだろうと、面倒臭がる和樹を連れて二人で暮らすマンションを探した。

 

 そして、保護猫の譲渡会で黒の子猫と出会い、家族に迎えることにしたのだった。

 

 二つの懐中電灯が、マンションの裏手にある茂みの中をサーチライトのように照らしている。

 

「本当に申し訳ない」ガス屋のおじさんは必死に猫を探しなら何度も頭を下げた。

 

「大丈夫ですよ。まだ近くにいるでしょうし。ちゃんとゲージに入れておけばよかったんですけど…あとはこちらで探しますから」和樹にそう言われて、どうすれば良いか逡巡していたが、結局おじさんは申し訳なさそうに頭を下げ「すいません」と一言残して去っていった